2012年発売のテキストアドベンチャーゲーム。
2022年の自分のGOTYなので紹介したく、Steamに書いたレビューの再掲と、ゲームの雰囲気を知ってもらうため一部スクショ・抄訳を掲載します。
レビュー
ポータルを覗けばそこは不思議な夢の国
「海がすべてを支配する」
癖の強い手書きそのままのビジュアル、簡素で古臭いUI、よくわからないゲームプレイ画面、何より10年以上前のゲームであること。一見、このゲームを現在プレイする理由は見いだせないかもしれない。
でももしあなたが空想とテキストを愛するなら、不思議でユーモラスで思索的なものに惹かれるなら(ついでに英語に怯まないなら)、騙されたと思ってこのゲームをプレイしてみてほしい。
このゲームの中、ウィンドウの中のポータルの先には、永遠に朽ちない豊かで不思議な冒険が待っているから。
あらすじ
ある日突然、パソコンのデスクトップ上にふしぎなポータルが開く。その先には “The”という名の魔法使いがいて、自分の家「アンダーホーム」と島群「フォーチュネートアイル」が差し押さえの危機に合って大変なことになってるので手助けしてほしいという。Theが開けたポータルは機械と魔法の不思議な合成技術で作られているが、デバイスはキノコだらけで翻訳機能は壊れかけ。パソコンの前の「あなた」はポータルを通じて、不思議な家や島の謎、そして古の先祖が遺した言葉「海がすべてを支配する」の意味を探しに島を旅することになる。
ゲーム概要
ポイントアンドクリック形式のテキストアドベンチャー。画面をクリックして登場人物と会話し、アイテムを見つけながら、必要なタスクをこなすことでストーリーを進めていくオーソドックスな作り。アドベンチャーとしての難易度は程よく、会話をしっかり読んで、周囲を探索してアイテムを見つければ、ほとんど詰まることはない。クリアまでは5~10時間程度。言語は英語のみ(詳細は後述)。
本作の特徴
本作の魅力はチャーミングで豊かで深みのあるテキスト、隅々まで凝らされた遊び心、流麗で神秘的な音楽、それらが作り上げる唯一無二の世界“Lands of Dream”だ。
小さな世界に関わらずテキスト量は膨大で、会話の種類もかなり豊富。登場人(?)物は誰もが各々の考えを持ち、世界の至るところに生えるキノコ達や本一冊ずつにもテキストが添えられている。そのどれもが楽しく、不思議で、どこか思索的だ。どれも愛情を込められてつくられた文章たちは、ゲームの世界に確かに命を与えている。ゲーム進行に必要ないテキストは読み飛ばして構わないが、ユーモラスで楽しい文章たちは一読に値するだろう。
変なUI、奇妙な登場人物、珍妙なテキスト、謎のビープ音などゲームを彩る遊び心は本当に多彩で、プレイヤーを飽きさせない。どれもこけおどしや一発ネタではなく、愉快な世界とその住人たちの発露であるこれらのギミックを楽しむことで、より豊かにゲームを楽しむことができるだろう。
“Risk of Rain”シリーズなどのサウンドも手掛けるコンポーザーChristodoulou氏の美しく流麗で謎めいた音楽は、世界に深みを与え、本作の雰囲気を格段に引き上げている。
Risk of Rain2の中でも特に印象的な"The Rain Formerly Known as Purple"
これら楽しく美しいものでできた世界“Lands of Dream”は諸事情により危機に瀕しているが、プレイヤーがポータルを通して関わっていくことで、少しずつ話が進んでいく。単なる作り物ではなく、確かにだれかの息遣い・手触りを感じる世界の中で、プレイヤーは様々物を発見し、実験し、いろいろな登場人物や島々と出会い、関わり、別れを告げる。その軌跡はシンプルだけれど忘れがたく、本当に美しいものだと自分は思う。
本作のテキストアドベンチャーとしての要素を、もっとゲームとして進化させ饒舌にすれば“Disco Elysium”になり、精緻に洗練させれば“In Other Waters”や“Citizen Sleeper”になるのだろう。
けれどこのゲームを構成する「テキスト」は、今も古びず、ずっと魅力的なままプレイヤーを待っている。素朴な見た目の中にあるたくさんのユーモア、遊び心、敬虔さ、そして親密な心地よさはこのゲームでしか味わえないもので、それは画面の先のプレイヤーが読み解くことで手に入れることができる。だから気になる人はプレイしてほしい。
自分の2022年のGOTYです!
人を選ぶ作品ですが、レビューを読んでなにか気に留まるところがあればぜひプレイしてみてください。おすすめです!
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補足
(英語について)
あまり複雑な文章・言葉はないが、とにかくテキスト量が多い。
テキストが出る位置はほぼ固定なので、PCOTとの相性は良い。MouseOverDictionaryも便利。
(製作陣について)
意外と豪華な実力派が携わっているのでご紹介。
・脚本・テキスト全般・ディレクター Jonas Kyratzes氏
The Talos PrincipleやEternal Cylinderなどシナリオ面で評価が高い作品の脚本を担当。Serious Samシリーズも手掛けている。ギリシャ在住。
・グラフィック Verena Kyratzes氏
Jonas Kyratzes氏とともにSerious Samシリーズなどゲーム開発に携わる。ギリシャ在住。
・音楽 Christodoulou氏
Risk of RainシリーズやDeadboltなどのサウンドを手掛ける。寂寥感も併せ持つ神秘的なサウンドは、本作を包む雰囲気を一段高いものへ引き上げている。ギリシャ在住。
(経済・社会描写について)
本作は2012年のギリシャで開発されたゲームであり、その当時のギリシャの財政危機や緊縮財政の影響を色濃く作品に反映している。経済・社会はいろいろ大変な一方で、豊かな文化、芸術、暮らしを楽しむ人々は誇りを持ちつつ、どこか楽観的で未来に希望を抱いている。プレイヤーのポータルを通じての選択はこれらの人々、そして社会に変革をもたらしていく。
10年後のいまプレイし、エンディングを見て思うのは、「それでよかったんだろう」ということだ。ゲーム終盤に唐突に迎える人々の決断について、プレイヤーは責任を持ったり悩んだりする必要はない。プレイヤーはただ旅人として、作中の人々がもともと持っていた願い・思いを形にする手伝いをしただけだ。どういう結果になるにしろ、それは作中の人々が確かに必要としていたことであり、その願いを叶えるからこそプレイヤーと作中人物たちは確かになにか関係性を築いたのだと思えるから。
ちなみに実際のギリシャもこのゲームの終盤で描かれたことそのままの未来を選択し、たくさんの苦難・失敗・失望を経験し、そして2018年にEU等からの財政支援プログラムを終えて新しい道を歩み始めている。
(“Lands of Dream”シリーズについて)
“Lands of Dream”シリーズは、Jonas Kyratze氏が手掛ける奇妙な街や山、島々を舞台にしたゲームであり、本作以外にも様々な作品がある。本作が気に入った人は作者HPからゲームを手に入れられる。最新作“The Council of Crows”も開発がほぼ終了し、近いうちにリリースされるだろう。
それでは、興味のある方はポータルを開き、中にある島々を覗き、不思議な冒険を楽しんでほしい。
海がすべてを支配するまで。
抄訳
ユニークな世界、そこに住むふしぎで愛らしい登場人物たち、ユーモラスで思索的なテキストの一部を紹介します。
ふわっ?何があったの?
えっと、ネットワークにアクセスして...うーん...一番最後に覚えてるのは、ならず者たちが押し入ってきて、「アンダーホーム」がびっくりしちゃって、それで...ふぅ。
僕を再起動してくれてありがとう!どうやらシステムがすごい衝撃を受けたみたいだね。
バイオ翻訳:有効
テキストウォール:起動中
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今の匂い:ゲーム
かつて、神殿を守るため人々が死んだ。誰もその神の名を覚えていない。
この花は不幸ではないけれど、世界はかつてのようなものではないと思っている。
私がターバンを巻いたらとても素敵になると思いませんか?
まったく、ターバンを巻いたAIを見ると取り乱す人がいるなんて本当に残念ですよ。そういう人たちの半分は、ホログラフィックな存在は服を着るべきではないから不適切だと言って、もう半分は私がサダカ出身ではないから不適切だと言うんです...
私が思うのは、これはクールな帽子だということですよ。なんでかっこいい帽子をかぶっちゃいけないんです?もっと深刻な問題があるでしょう?例えば...飢餓とか、貧困とか?映画の最中にしゃべりだす人とかね?
バイオ翻訳:有効
テキストウォール:起動中
ダイアログオプション:稼働
今の匂い:みかん
むかしむかし、長い間置きっ放しになっていたトーストがありました。
当然のようにすぐにカビが生えてしまいましたが...そのトーストは捨てられなかったんです!その代わり、忘却か、それとも運命なのか、それは成長し、進化し、ついに知覚を持つようになったのです。それ以来、トーストは世界中を旅し、行く先々に子孫を残してきました。私は9代目のトーストなんです。
私の両親はともにトーストの8代目で、曾祖父はカビたバゲットだったと言われています。
バイオ翻訳:有効
テキストウォール:起動中
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今の匂い:ペニシリン
どの文章もとってもチャーミング!
以上、私家翻訳となりますので、問題ありましたらTwitter までご連絡ください。