Kentucky Route Zero交差点

ケンタッキールートゼロについてFAQとかリンク集とか考えたこととかを書き連ねたメモ

ネタバレ注意、適宜更新

 

 

FAQ

Q1. エミリー、ボブ、ベンはなぜコンウェイたちの存在に気づかないの?

A1.

エミリー・ボブ・ベンの3人は本編に登場するが、同じ空間にいてもコンウェイたちとコンタクトを取ることはない。また、”Limits & Demonstrations”で美術鑑賞をしていたり、”Here and There Along The Echo”で電話で観光案内を聞いたりしている。Act1~4で影としてブルーグラスミュージックを奏でているのもこの3人である。

彼らは劇中の登場人物と言うより、ギリシャ演劇の合唱隊のような存在であり、また観客に近い存在に見える。しかし、”Un Pueblo De Nada”以降3人の立ち位置は変化し、劇中の登場人物として描かれるようになっていく。

 

Q2. Act5で操作する猫はなに?犬はどうなったの?

A2.

黒猫はゼロにあるBureau of Reclaimed Space(空間再生局)にうろついていた猫。第3幕最後でフェリーに乗る時に着いてくる。

白猫はAct4の“The Radvansky Center”にいたココナッツという猫。船から降りていれば、シャノンがセンターで猫に餌をあげたり、シャノンになついたのか一緒に船に乗る様子がビデオに撮影されている。

犬はAct4のとある場面でコンウェイが行ってしまうときに、コンウェイについていくか戻るか選択できる。コンウェイと行けばその後登場しない。戻ってくればAct5にも出演。

 

Q3. 結局コンウェイはどうなったの?救えるの?

A3.

(Act3で飲んでしまったお酒の代金の返済のため)Hard Times蒸留所で働いている。悲観的にも思えるが、蒸留所の様子を見てみればそれなりに楽しく働いている気もする。ただし自由と希望はない。

Act5の選択肢しだいではシャノンが預かった少額のお金でコンウェイにもう一度戻らないか説得してみようと考えるらしい(救えるかは別問題…)。

 

Q4. エンディング分岐はあるの?

A4.

展開は変わらないが、それまでの選択でAct5の細かな会話は変わっている様子。Act1のEquus Oils地下で20面ダイスを拾って持っていると、シャノンからエミリーたちに渡せる。

あと、ラストシーンの家の様子・シャノンの立ち位置も変わる(Steam Communityでの情報によると、Act5での会話の選択肢によって変わるらしい)。

 

Q5. Act5の幕間劇はなに?意味不明なんだけど?

A5.

追記予定。

 

 

 

リンク集(周辺情報・考察・実況動画など)

攻略・Walkthrough、実績取得解説ページ。丁寧でわかりやすいし、英語も簡単め。

Kentucky Route Zero: TV Edition Walkthrough

 

あらすじやキャラクター概要、各種元ネタなどの基本情報が盛りだくさんの有志Wiki(英語)

Wiki1 Highway 0, the Kentucky Route Zero wiki

Wiki2 Kentucky Route Zero Wiki | Fandom

 

Reddit板。Wikiで載っていないネタはここで調べよう。(英語)

Kentucky Route Zero act-by-act discussion threads : kentuckyroutezero

 

Act1~3までの元ネタ・周辺情報を掘り下げた個人サイト。めちゃくちゃ参考になる。(英語、リンク切れのためWeb Archiveから)

Kentucky Fried Zero – English Edition | Superlevel

Kentucky Fried Zero: Act 2 – English Edition | Superlevel

Kentucky Fried Zero: Act 3 – English Edition | Superlevel

 

WEVP-TVのホームページ。Un Pueblo de Nadaで放送していた夕方番組やWeaverの海賊放送、リアルJunebugとJhonnyが出てる音楽番組も見られる。

WEVP-TV Broadcast History

Cardboard Computer - YouTube YouTubeにもある。

 

Junebugが出したリアルCD。Bandcampで買える。

Too Late to Love You | Junebug

 

Act5リリース後の開発者インタビュー。(英語)

Kentucky Route Zero’s creators open up about the end of their game - Polygon

 

Un Pueblo de NadaとAct5に出てくるRonと彼の作ったビデオ“Wild”に関する考察ページ。渋くていいね!(英語)

Everything on That Tape Was Wild. Spoilers ahoy for the entirety of… | by Luke | Medium

 

Reddit板でのクリア後感想「自分以外にもエンディングにがっかりした人いない?」

Was anybody else kind of disappointed by the ending? : kentuckyroutezero

労働組合員の人が「このゲームで描かれる労働観は芸術学校のロマンチシズムの臭いがして薄っぺらい」とか、ケンタッキー州の田舎住みの人が「登場人物に似たようなひとたちはたくさんいるしKR0の話はすごくリアルに感じられる」とかいろいろ言ってて、どれも納得できるしすごくよい。(英語)

 

Kentucky Route Zero日本語実況のみなさま

同じゲームをプレイしてくれてる人がいると嬉しい。日本語訳はひどすぎるが完走する人いてほしい…。

ささつづさんとタカハシさん

ハリガネマルさん


#1【KENTCKY ROUTE ZERO】非日常が当然の今、マジックリアリズムへ続く道で、遊ぶ【HURRYGANNETWORK】

Lamnotさん(Act1まで)


不思議世界【Kentucky Route Zero】ツインピークス的『不思議な世界の住人たち』#1 ACT1 | ケンタッキー ルート ゼロ | 日本語版 PC/PS4/SWITCH

 

 

考えごと

 

ケンタッキー州について

アメリカ中東部にある州。緑豊かな土地で、ケンタッキーダービーなど馬の生産地として有名。そのほかバーボン・ウイスキー生産、ブルーグラスミュージック、世界最大の洞窟を有するマンモス洞窟国立公園などでも知られる。

一方で、ケンタッキー州は、本作が作られ始めた2010年頃からサブプライムローンなどによる経済不況のあおりも強く受けていた様子。

ケンタッキー州の牧場、異常気象や経済不況との闘い(海外競馬情報)

マンモス洞窟国立公園の公式動画。すごくケンタッキールートゼロみを感じる。


Staying Safe At Mammoth Cave

 

馬について

野生動物ではなく、人により改良され、人と暮らす動物である馬。

追記予定。

 

 

リアルとフィクションについて

文学・演劇・美術など西洋芸術やコンピュータ文学からの引用が非常に多い本作について。

言いたいことがそのまま書いてあるページを見つけたので、リンクだけ貼る。

elifessler.com

Act3のXanaduのアドベンチャーシーンは、ケンタッキー州のマンモス洞窟を舞台にしたテキストアドベンチャーゲームの古典”Collosal Cave Adventure”を参照している。

コロッサル・ケーブ・アドベンチャー - Wikipedia

私を作ったゲーム: Colossal Cave Adventure - The Great Underground Home Page(このページに書いてあること、ゲーム本編とも呼応して非常に情緒的)

 

円環構造について

ガソリンスタンドに埋まっている馬と隣人である馬の埋葬。

鉱夫たちの歌を記録したカセットテープアーカイブとWEVP-TVのビデオアーカイヴ。

鉱山水没事故と大嵐。

いなくなったコンウェイコンウェイのジャケットを着たシャノン。

Act1のガソリンスタンド地下で拾ってAct5でエミリーたちに返すことになる、コンウェイのジャケットに入った20面ダイス。

悲劇も復興も繰り返され、誰かの記憶となり、やがて薄れていく。

  

Weaver Márquezという存在について

Weaverという名前のとおり物語を織りあげ、繋いでいく人。

追記予定。

 

 

最後に

道の終わり:ケンタッキー0号線にさよならを

The End of the Road: Saying Goodbye to Kentucky Route Zero - Ampersand (ampersandla.com)

最後にこれまで読んだ中で一番好きなレビューを引用して終わる。

 

 

第5幕をプレイした後にはこのゲームが、循環、結末、そして別れについてのゲームでもあることがわかる。本作はその様式化されたデザインとは裏腹に、現実の生活を語っている。

 

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エンディングは本当の終わりではない。

 

エンディングで登場人物たちは、日が沈むなかDogwood通り5番地にある、ようやく家具が備えつけられた建物の中で座っている。

暗転し、プレイヤーである私たちはメニュー選択画面に戻る。そこで見るのは円だ。エンディングは本当の終わりではない。第5幕は第1幕へと戻っていく。我々はまた、始まりの場所に戻ってきたのだ。旅が私たちを変えたのだとしても。

  

 

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エンディングで5幕の劇は終わるかもしれないが、主人公の旅は常に新たに始まる。「ケンタッキー・ルート・ゼロ」は、旅をすること、辿り着くこと、やり直すことの意味について、切実で思慮深い思索を生み出している。

 

「ケンタッキー・ルート・ゼロ」は答えよりも多くの幽霊を、もういちど旅を始める希望と憂鬱だけを、私たちに残す。

それは最上のさよならだ。

 

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